試験が終わった翌日、観光をちょっとしてみようと思った。
「ちょっと」しかできないのは 学士の資格を取るためのレポートを 書かなければいけないからだ。
締め切りが近い。 で、セントーサ島に行くつもりだった。
シンガポールの南にある島で いろいろ博物館とかあるらしいし 何より海の上をケーブルカーで渡っていく というのが魅力だ。
ケーブルカーと書いてあるけど きっとロープウェイだと思う。
それから、リバーボートに乗ろう。
そう思って、ホテルを出た。
出るときに、ツアー案内のカウンターにある パンフレットを2種類取って出た。
ホテルから南に数分行ったところの食堂で 麺類を食べながら、そのパンフレットを見た。
ジョホールバル・ツアーというのがある。
「ジョホールバルというのは、ジョホール州の首都で」 と書いてある。
ジョホール海峡の向こう、マレーシアだ。
外国にいくことになるから、いろいろ面倒かもしれないが ツアーなら大丈夫、簡単だろう。
行きたくなった。
ホテルでのピックアップタイムは8時と書いてあった。
その時、8時。まだまにあうかもしれない。
ホテルにもどった。
観光案内係に聞くと電話をしてくれた。
でも、いっぱい。
次々となんどか電話してくれたが すべていっぱいだった。
行きたい気持ちが大きくなった。
普通のバスでも行けると聞いて、行くことに決めた。
バスステーションは、ホテルから歩いて 5分ほどのところだった。
バスが何台かとまっていて、その一台の車体に 「シンガポール ジョホールエクスプレス」 と書いてある。
これだ。乗り込んだ。
でも、何か様子がおかしい。
パスポートを広げて、何か紙に書いている人たちがいた。
そうだ、外国に行くのだった。
きっと、何か、特別のもの、用紙が必要なのにちがいない。
バスを降りて、その特別なものを探した。
バスステーションには、人がいそうな建物は 一箇所小さいのがあるだけだった。
そこをぐるりと一周した。
人が中にいる窓口がひとつと 建物の外に机を出して、建物を背にして 男が数名座わっていた。
机の上にはなにやら 公式書類の用紙のように見えるものがおいてあって その男たちが、代書屋さんであることが、わかった。
代書屋さんがいるということは、紙がいるということだ。
窓口にいって、のぞきこんで聞いてみた。
これから、ジョホールバルに行くんだけど 何か必要なものはあるか。
中のおじさんは何か早口で言った。
いろいろ聞き返しても、よく言ってることがわからない なんでわからないのか、わからない。
自分の英語はいったいなんなのか。
まあ、「あっちいって何か買って、それからバスに乗るんだ」 ということはわかった。
「あっち」で人がいるところは ありがたいことに一箇所だけだった。
そこには、2-3人が並んでいて お金を払ってバスのチケットを買っていたのだった。
買ってから、シンガポール・ジョホールバル エクスプレスに乗りこんでいたから、間違いない。
2ドル40セント、ホテルの観光案内のおじさんに 聞いた金額を出して乗りこんだ。
車内を見まわしても、先ほどのバスのように なにやら書き込んでいそうな人はいなかった。
いらないのかもしれない。
じゃあ、あれはなんだったのかということになるけど 気にしないことにした。
試験のことが気になった。
正誤問題が40問で40点 4択問題が40問で80点、合計120点で 60%の72点とれれば合格である。
ぜんぜんわからなくて、でたらめにしたとする。
確率どおりにいったとすると 正誤問題が半分の得点で20点 4択問題が25%で20点合計で40点 これでは合格できない。
実力で半分取ったとしたらどうだろう。
あとの半分については、運命の女神が確立どおりの 正当数をくれたとする。
実力で50%、20点+40点=60点 運命の女神がくれる分 20点*50%+40点*25%=20点。 実力+運命=80点 やった、合格だ。 半分は実力で取れている、に違いない、と思う。きっと。 外の景色を見ながらこんなことを考えていた。
そして気がついた。不安なのだ。
陸続きで国境を超えるのも初めてだし 情報をいっさいもってなくて国境をこえるのも初めてだ。
なにしろ、行く先の地図もなければ ジョホールバルのどこに行くのかもわからない。
まあ、終点までいけば、そこから 帰りのバスに乗れるだろうから 終点まで行こうとは思っていたけど。
もし、何か必要なものがなくて そこで降ろされたらどうしよう。
帰ればいい。 あ、帰りのバスのティケットはどうやって買うんだ。
マレーシアのお金を持ってない。 きっと、シンガポールドルが使えるはずだ。
不安を打ち消すために、試験の点のことを考えることにした。
実力+確率=獲得点という法則が成立すると仮定する。
じゃあ、実力で何点取れればいいのか。
何回か頭の中でこの問題を解こうと トライして失敗したが気がついた。
正誤と4択を同時にひとつの方程式を たててしようとするから解けないのだ。
分けてすれば、できるにちがいない。
正誤、実力の正当率をx%として 40点xX%+40点(1-X%)x50%=40点x60% 簡単にするため不等号は使わない。
これをとく、20点xX=4点、X=20% 80X+80(1-X)x25%=80x60% 60X=28 X=46。7% 正誤で20%、4択で47%取れれば合格だ。 やった!とおった!と、思う。
右手にチェックポイントと書いた大きな建物が見えた。
名前からすると、何か出入国に関係ているような感じなのに なんであんなところにあるんだろう。
道は突然右に曲がって、その建物の正面に来た。
ぞろぞろと乗客が立ち上がって 見ていると全員立ち上がって、バスから出ていこうとしている。
ぼくも、ついていかなくちゃと、あわてて降りる。
とにかく、マレイシア入国に関する知識はゼロなのだ。
人がする真似をしつつ、チェックしつつ ついて行かなければいけない。
チェックとはたとえば、こんなことだ。
乗ってきたバスを振り返って見る。誰も乗ってない。
シンガポール・ジョホール・エクスプレスと書いたバスが 何台もゆっくりと建物に向かって走って行って誰も乗ってない。
降りて正解だったのだ。 あれ、乗客の乗ったままのバスがある。
観光バスだ。
あれに乗ってれば、楽だったのに。
でも、あれに乗ってれば、これから体験すること それが何かはわからないけど、体験できないに違いない。
人の群れは建物に吸い込まれていく。
遅れてはいけない。 中ほどの位置を確保していなければ行けない。
途中のどこかで、ぼくはきっと遅れるから 最後部にいたら、だれもいなくなってしまうかもしれない。
見本にすべき人がいなくなったら困る。
人々は、エスカレーターに乗って、上がっていく。
ついていって、ああああ!エスカレータを降りると 人々は右に左にばらばらになってしまった。
一番大きい流れについていこう。
流れについて行きながら人々が目指す方向をみると そこは、イミグレだった。
ゲートが正面にいっぱい、ずらずらっと 気が遠くなるほどならんでいる。
ぼくがついていった人たちが並ぼうとしている ゲイトの上にはアクセスカードと書いてあった。
ぼくにはあてはまりそうにない。
隣のゲートはマレイシアンパスポート そのとなりはシンガポール。
外国人はないのか、まさか、とか思っていると 右端の3つくらいがアザーパスポートだった。
イミグレーションを抜けるとまたエスカレーター こんどは下りだ。
人の流れはいくつにも分かれていて どれについていっていいのかわからない。
そして、乗ってきたバスがない。
いくら探してもない。 バスは、マレーシアに行かないんだ。
えええええ! どのバスに乗っていいのかわからない。
人がたくさん並んでるのに乗ることにする。
ジョホール水道をわたる。
たくさんたくさん乗用車トラックバスが走っている。
また、止まった。またみんな降りた。
こんどは何だ イミグレだ。
10個くらい並んでいる。
そして、そのまえで何やら用紙に記入している人たちがいる。
なんだろう。あの紙はどこで、手に入れるんだろう。
掃除をしているおばさんに聞いてみた。
入ってきたほうを指差してあっちだという。
「あっち」にいってみたけど、がらんどうの オフィスのようなものがあるだけだった。
その向こうにも小さな小屋のようなものがあって そこにはだれもいなかったし、用紙もおいてなかった。
ええええ!どうすればいいんだ。
こんなところからかえれないぞ。
困ったと思っていたら、 こども連れのおかあさんがやってきて 小屋をのぞきこんでいる。
また、もうひとりやってきて、同じ様子だ。
どうも場所はちがってないようだ。
安心するが、でもどうなってるんだ。
おじさんがどこからかやって来て 持っていた紙を子供連れのお母さんにわたして 小屋の窓口におくように言った。
紙は、飛行機に乗ったときに書くのと同じようなものだった。
名前、パスポートナンバー、生年月日などなどだ。
そして、目的地。
ぼくはどこにいくんだったっけ。
イミグレを出たら誰もいない。
いや、さっきまでたくさんいたバスの乗客たちが いないだけで、他の人々はいた。
彼らはタクシーと声をかけた。
ぼくは、とっさにバスと答えた。
もうひとり、パイプいすに腰かけた男がいた。 手に札束を持っていた。
チェインジ、金がいるだろう、と言う。
なるほど、金はいる。 思わず、50ドル札を2枚だしてしまった。
多すぎた。学生時代のビルマ旅行の記憶が生きているのだ。
あのとき、町の真中の両替所で、ぼくは、笑われたのだった。 たったそれだけしか替えないのか。
何日滞在するんだ? わっはっは! ジョーホールバルの町に行くバスに乗らなければならない。
でも、どこにもバスのり場らしきものがない。
歩いた先に地下道の入り口があって 他にどこにも行き場がなさそうだったので そこに降りて行くことにした。
入り口にこじきが座っていた。
シンガポールではぜんぜん見なかったのに。
地下道には誰もいなかった。
途中、左に分かれる道があったがまっすぐ進んだ。
階段を上っていったが、バス停はない。
田舎だが、町のふんいきだった。
そうか、ここが、ジョホールバルなのか。
それにしても、どうしようか。
観光案内所を探すことにした。
案内所はあるに違いない。
そう信じてさがした。
国境をひとつこえただけなのに、やはり違う国だった。
どことなく、きたない。
人が違う。なんとなく違う。
たくさんたくさんの、人がふたつの国を行き来してるのに なんでだろう。
観光会社は2つほどあったが、しまっている。
まだ、9時すぎたばかりだからだろうか?
こんどは、もうあいている案内所が あるはずだと信じてさがした。
あった。 「ただの地図ある?」「ない」 「観光バスある?」「ない」 「じゃあ、近くの観光地を教えて」「なんとかビーチ」
海にいってもしょうがないので、帰る事にした。
30メートルほど南に道路の向こうがわ シンガポールに行く道路に渡る陸橋が見えた。
陸橋の上の方で、掃除をしていた。
掃除人と話をしてる人がいて、ぼくは、あれっと思った。
そして、思ったとおり、掃除してるひとと話をしてたのは こじきだった。
これで、二人だ。
やっぱり、シンガポールと違う。
なんていっていいのか、わからないが 国境の建物に近づいて行くと、男が何人か 出入国カードを持ってたっていた。
どうも、代書屋のようだった。
これも、シンガポールにはいなかったようだ。
出入国カードをもらおうとすると 「1枚1ドルだ。どこでも同じだ」と言われた。」
ま、いいや、と思って10ドルを渡し おつりをもらっているときに、
ふと、あ、 このカードもってるような気がして キャンセル、全額返してもらった。
マァーシアを笑われながら出国。
出入国カードのジョホールバルの つづりがちがっていたのだ。
そして、シンガポールのチェックポイントに 向かうバスを探した。
バスは、あった。
しかし、バスカードかチケットを持ってないと乗れない と表示がしてある。
おじさんに聞いたら 「建物のあっちをああいったところにチケット売り場がある」 というのだが、な
んとなく、遠そうだし 「チケットはどこで買うんだ」と繰り返した。
すると、おじさん今度は、「そこのバスの中で買える」と言った。
で、そこのバスにのろうとするのだが、断られた。
こまった。シンガポールのチェックポイントに行けない。
「チケット、チケット」と叫んでいると バスの列にならんでいたおばさんが
バスカードを右手でひらひらさせて、左手でバスを指差した。
やった、助けてくれるんだ。
くんくんと近づいて行って バス料金1ドル20セントを渡そうとしたが 受け取ってくれない。
列が前にすこし進んで、なんでだかわからないうちに
おばさんのカードでは払えないということになったようだ。
また、ぼくは途方にくれてしまった。
つぎに助けてくれたのは、おばさんのすぐうしろにいた 学生風のおにいさんだった。
さっきのおばさんとおなじように、カードをひらひらさせた。
こんどはお金を受け取ってくれ、バスに乗れた。
乗るときにバスカードを機械に通し、料金一覧の中から 自分が払うべき料金をえらぶのだ。
ぼくは、バスのり場のおじさんから、料金を聞いていたのだが
つまり、自分の払うべき料金をしらないとバスに乗れないのだ。
あるいは 「行き先はわからないけど、ちょっと乗ってみるんだ」
なんていうひとは、バスには非常に乗りにくい。
橋をあるいて渡っている人もいた。
なんで、ぼくはバスに乗らないと橋を渡れない と思ってしまったんだろう。
そして、シンガポールのチェックポイントを通ろうとしたときに、
出入国カードを書くように言われてカードを渡される。
あ、ここでいるんだったんだ。
やっぱり、ただじゃないか。
ま、あたりまえだけど。 さて、こんどは市内行きのバスに乗らなければならない。
バスは2台あった。 ひとつは、クイーンストリート、ひとつは なんとかステイションだった。
なんとかのほうは、チェックポイントからす ぐのところにある地下鉄MRTの乗り場だった。
クイーンの方はきっと街中だろうと思って クイーン行きの列に並んだ。
バスがとまって、みんなが降りたのは なんとかステーションだった。
はは、乗り間違えちゃったのだ。
ここから、MRTでホテルの近くのBout Keyまで行った。
そこに着いたのが、11時ころだった。 短い旅だったけど、おもしろかった。