意識改革という言葉がよく聞かれるようになってきました。
実は、この意識改革、くせものです。

意識改革が必要だ、ということばを叫ぶ人は
このことばを叫んで満足してしまう傾向があるようです。

意識改革と叫んでいれば意識改革が出来てしまうみたいな感じです。

しかも、意識改革には、なんとなく正義の雰囲気がありますから
そんな「意識改革」とばかり叫んでも仕方がないじゃないかとは言いにくく
意識改革、意識改革とことばばかりの時間がすぎていくのです。

意識改革と叫んでも意識改革はできません。
それにどういう方向に改革するのかということも
はっきりしなければ、ばらばらの方向に
意識改革してしまうことにもなりかねないでしょう。

現状より悪くなること必定です。

意識を改革するには、どうしたらいいか。
頭を開けて、意識の形を変えるわけにはいきません。
あたりまえですが、意識に直接手を加えることはできないのです。

ではどうするのか。意識が変革したら
社員はどのように活動するのか。

これをはっきりさせるのがとても大事です。

じゃ、次はどうするのか。意識改革ができていたら
するような行動を社員がするように仕向けるのです。

それがむずかしいんじゃないか?

そのとおりです。
でもこれをしないと意識改革はできません。

なんでも、できている真似をするところから始まるのです。

座禅ができないけれどできている振りをして座る。
料理ができないけれど、できる振りをして料理する。
パソコンなんかさわれないけれど、できる振りをしてさわる。
できる振りをしているうちに本当にできるようになるのです。

意識改革も同じです。
ゴールをはっきりさせて、その振りをします。

いかがでしょうか。